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ボランティア案内人の瀧谷さんと盛岡部長 |
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明治6年 (1873)に造られた日本最古の公園の一つで『名松100選」にも選ばれていて、美しい松林を誇る白砂青松の面影を残す緑豊かな公園。ばら庭回等あり、行楽・野球・テニス等スポーツ、アウトドアに総合公園として多くの人々に親まれています。
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| 敷地約2.7haのばら庭園は、大阪府の「花ふる大阪事業」として1991年に完成したもので、和風の回遊式庭園に見立てた「湖沼・水路の景」「里の景」「山間の景」など5つのゾーンと遊歩道、ヨーロッパの庭園を思わせる「まちの景」などが広がる味わいあるつくり。日本に昔から自生するノイバラやハマナスなど、約500種6,000株のバラが春から初冬まで咲き誇る。例年3月から12月まで開園。入園無料。春、秋の見頃シーズンのみ、ボランティアグループ「バラ庭園案内俱楽部」によるバラのガイドツアーなどもある。 |
浜寺公園ばら庭園のバラは、例年の見頃は春が5月中旬〜6月上旬、ということで当日は、広大なバラ園いっぱいにバラが咲きそろい、甘い香りが漂っていました。そして予約していましたボランティア団体『ばら庭園案内俱楽部』の案内で3組に分かれてそれぞれ案内人による案内をしていただき、「バラ」フアンにとっては最良の1日になりました。
当園の特徴としては、日本の原風景にバラを組み合わせた少し珍しいスタイルが特徴です。山の景や里の景、水辺の景など、日本各地の自然風景をイメージした回遊式の庭園の中に、バラを植え込むデザインになっています。6,000株前後のバラを楽しめる大規模な庭園です。 |
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大久保利通・税所篤の「惜松碑」
「音にきく 高師の浜の はま松も
世のあだ波は のがれざりけり」
明治6年 (1873年)夏に大久保利通がこの松原を訪れて歌った
堺県令 税所 篤が伐採中止命令を出した(石碑の裏には撰文があります)
建立 明治31年 (1873年) 西村捨三らにより名松 100選に選ばれた |
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昼食はバラ園を鑑賞後、
公園の芝生広場や木蔭のエリアで楽しみました。 |
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| 明治40年 (7907)に大阪市中央公会堂、東京駅を手掛けた、建築家辰野金吾と片岡安による辰野片岡事務所の設計です。国の登録有形文化財に登録されています。2016年の使用当時、現役の私鎌駅舎の中で最古の駅舎とされていました。 |
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| アーチ型のアーケードは、天井まで10.6mと通常より高くなっている。これは商店街が丸ごと、300年の歴史を誇る岸和田だんじり祭りの曳航コースの一部となっている為の設計です。初代アンケートは昭和38年に建設され、当時日本一の高さを誇った。現在のアーケードは平成9年の2代目です。平成23年にNHKで放送された連続テレビ小説「力ーネーション』の舞台になった商店街としてもよく知られている。 |
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| 交野無尽金融(株)は大正3年8月設立され、昭和4年に社屋建設、同6年枚方支店開設、同15年大阪産業無尽を合併し、府下に8支店を設ける。(8支店の中に岸和田支店も含まれている。当時岸和田は泉州地域の商業・金融の拠点)さらに中央無尽他4社と合併、近畿無尽を設立、その後幾多の合併を繰り返し、現在の関西みらい銀行になりました。 |
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大正3年に交野無尽株式会社が設立され、昭和初期に現在の建物が建築された。鉄筋コンクリート3階建て、外壁は1階花崗岩張り、2・3階はタイル張りになっており、玄関周りは、パラペットの装飾が施されている。
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| 岸和田城天守閣の東側に鎮座し、城の鎮守神であり、岸和田だんじり祭りの聖なる場でもある神社。もともとは、地元の農民たちが五穀豊穣を祈って築いたのが始まりとされる。約650年の前に京都の八坂神社から素戔嗚尊を勧進してからは、牛頭天皇社と呼ばれ、地元の守り神として繁栄した。明治維新で氏子が広範囲になり「岸城神社」に改名された。だんじり祭りはこの社の祭りです。 |
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| 近代和風建築と回遊式庭園。岸和田城二の曲輪の「新御茶屋」の跡地に旧寺田財閥堺寺田屋の二代当主家別邸として建築された。岸和田市指定有形文化財に指定されている。正門は奈良東太寺の塔頭・中性院表門を移築した。 |
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| 岸和田古城の築城時期は不明ですが、南北朝の時代より岸和田を治めていた岸和田氏が築いたこ考えられている。戦国時代中葉に松浦氏が居城としていた。羽柴秀吉は天下統一の過程で紀州の根来寺等の勢カヘの押さえとして中村一氏を城主とし、根来寺崩壊後は秀吉の叔父にあたる小出秀征を城主として、城や城下町の整備にあたらせた。天守閣は慶長2年
(1597)秀征によって完成した。文政10年(1827)天守が落雷のため消失。現在の天守は昭和29年に市民と旧城主・岡部氏の要望で図書館として復興された。 |
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| 岸和田城は桜が終わり、木々の葉が一気に濃く天守の周りやお堀沿いの木々が明るい黄緑から深い緑へ変わり、石垣や白い天守とのコントラストがとても映えていました。そしてボランティアの案内で、城内隈なく案内していただきました。 |
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| かつて、城下町であった風情を存分に取り入れただんじり会館は、ただ見るだけでなく、最新の映像こ音響による再現で、祭りそのものが体験でき、また、古来の資料こ記録の収集により、祭りの情報交換と歴史研究の場としても活用されている。 |
| だんじり会館でも、ボランティアの案内で常設された江戸時代に作られただんじり他2台のだんじりの外側をびっしりと覆う木彫りの装飾の魅力の解説を堪能しました。 |
だんじり会館は1階から4階まであり
1階 おみやげコーナー
2階 だんじりを3台展示
3階 ミニだんじりギャラリー他
4階 体験コーナーです
最後のだんじりの屋根で踊っている写真、法被はこの4階の写真です。 |
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紀州街道、きしわだ自然資料館、および天性寺は時間的な都合で中止。
帰りは蛸地蔵駅から乗車、新今宮→京橋→河内磐船駅18時30分頃着。 |
| 参加の皆様、お疲れ様でした! |